昭和50年01月23日 月次祭
おうしゅくばいという言葉があります。おうしゅく、鶯宿梅。ウグイスの宿と書いてある。誰でもそれこそ早くウグイスがが来て、ほうほけきょうとまぁ、囀る様なするようなおかげを頂きたい。『信心辛抱梅の花 やがてウグイス来て止まる』とこうね。信心辛抱梅の花の向こうにあるのが鴬宿梅のおかげでありお徳だと思います。其処ん所の例えば、梅の花も咲かずに香りも漂わせずに、そしてウグイスを求めるというのは、此れはちょっと虫が良すぎるというか。
それでは理に合ったおかげにならんのです。そこで信心此れはもう何事にもよらずですけれども、取分け信心には辛抱が一番大切で御座いますと三代金光様が教えられるゆえんであります。今日午後の最後の時分に公子先生がお届けにもう泣かんばかりの顔でお届けに出てまいりました。ご承知の様に赤ちゃんが近い内に出来ます。ですから身重の上に何かその色々なまぁ、異常がある訳ですね。それはお腹の中にそれこそ赤ちゃんが宿るのですから普通ではないです。で。
今日も何か横腹の方が突っ張って痛くて堪らんて言うても涙ぐんでお届けするんです。もう下がりまして風呂の行き戻り食堂行き行き戻りあの、公子さんが勝手の方で御用しよるとに合うんです。もう本当にしるしそうな様子で御用を頂いているんです。もう本当にそげんもう手はあるとじゃから横なって休まんね、て休まんねって言いたいですけれどもね。そこが辛抱だと思いますから、その事をどうぞ辛抱が出来ます様にお願いをさせて頂いておりましたら。
御神願にね梅の花が一杯咲いておる所を頂いたんです。もう此れにならね必ずもう来るなというてもウグイスは来て止まると思うんです。ね。香りも放つです。ですから私は信心辛抱と言う事はね、私はその辛抱の出来そうにもない所を辛抱するのが辛抱だと思うんです。ね。たいてい辛抱しとったばってんもう辛抱が出来んでならもうそれは辛抱じゃないです。もう辛抱が出来んと言う時にですするのが辛抱なんです。
小倉の初代の桂先生という方はもう大変な、やかましいお方であった。もう九州の三雷(かみなり)の一つと。いや教団の三雷の一つと言われる程し、に厳しいやかましいお方であった。それはその奥様の苦労と言う物は大変なものであったらしい。私はそう言う事はお伝記に載っていませんけれども。久留米の西原教会の教会長先生があちらの総代さんの娘さんに当たるのです。
有名な話があります。あちらの総代さんの総代をなさっておられて茶碗問屋をなさっておった。もう一々神様にお願いをなさっての事ですけれども、良くない。朝鮮に当時船で出され、と、船が沈没すると言った様な。シナの方へ出されるとそのまま引っ掛ってしまわれると言った様な事が続きまして、さしもの茶碗問屋も、もういわゆる倒産寸前と言う事になりました。
そこでお取次を頂いて親戚中から金を借り集めてそして下関の言わば、相場をなさいました。一月間程下関に泊まっておらる間にもうスッカラカンに取られてしまいなさった。たいてい熱心な信心をなさっておられましたけれども、もう堪らんのです。桂先生に私もたいてい御用もさせて貰うし信心もさせて頂いた積りですけれども、しかも神様が言われる通り、その相場に行くというのも自分で、相場で一つ解消うというのじゃなくてね、もう愈々どうにもいけなくなった時のお届けをなさいますとです。
それであるだけのお金もって相場をせよと言われた。桂先生に。それでスッカラカンに取られた。それで私はもう今日限りに金光様の御信心を辞めたいと思います。どうそお取次ぎをお願いしますと言う事であった。桂先生もそれをそのまま御神前にお取次ぎをなさいました。ところがです、お届けが終わって御神前に、御結界にお付きになりますと、その総代さんが御結界に進んで出てからそれこそかんるい共にです、本当に親先生あいすまん事を申しました。
ただ今先生の御祈念を頂いておる時に、私も後ろから御祈念をさせて頂いておりましたら、私の目の前がいっぱいの墓場に乗ってしまった。しかもその墓場に新しい石碑が、ずっと幾つも付いておるが、私の方の家族中の者の名前が、何月何日に帰幽、何月何日に帰幽というその石碑の御心眼を頂いた。此の様にもならん様な所をです、例えば財産をうちぶる借金をして迄もさせて頂いた商売がその相場が損してしまうというのはです、そう言う事にも成ろう所をおかげを頂いて助けて頂いた事が解らせて頂いた。
此れから改めて又神心をやり直させて頂きますというお届けがあったという。有名なお話これは御伝記に載っております。そのお嬢さんになるのが今の西原教会の親先生なんです。ある時に何かたまたま先生と二人なるにも、先生の信者時代私も信者時代でした。そんな訳ですから桂先生のもう事をずっこん知っておられる訳です。それで此れやぁもう御伝記だぁれん知らん話ばってんの大坪さんこうこうと言うて話されました。
ははそういう大変な事をそういう大変な事にです、出合ったので、成る程奥様がもう愈々もてんと言うて、言わば小倉を後に去れそして御本部の南の南の山の向こうにある小さい、佐美という漁師村があります。そこから縁に付いて来ておられ二代金光様四神様の声掛りで九州の地には見えておられます。そこで四神様の元に帰られて所謂、私がその田中先生から聞かれた、聞かせて頂いた通りのお届けをなさたった訳です。
金光様他の事なら辛抱します。けども此の事だけは辛抱は出来ませんと言うて泣いて縋られた。そししたら四神様が『おミツさん辛いか』と。もう辛いも何のでこんな事はもうありません。此れだけは辛抱が出来ませんと『さぁその辛抱の出来ん所を辛抱させて頂く。そこを神に縋ってする願うのが信心辛抱じゃ』と仰ったと言う事です。他の事なら何の辛抱でもします。けども此れだけはもう辛抱が出来ませんという辛抱を神に縋って辛抱し抜くが信心辛抱じゃ。さぁ松平が表から出したら裏から入れ。
裏から出したら表から入って帰れを仰った。
私は辛抱とはそう言う事だ。さぁもうきついこしてお腹が大きい。どうかあると言う事は神様もご承知やけんご無礼して休みます。此れじゃもう辛抱にならんのです。私はその事を頂いてからあの福岡の三代吉木辰二郎先生の事を思い出しました。あちらは御用して御座いますが、あちらに修行に入られた。その時分の事を知っておるご信者から聞いた話ですけれども。今の三代吉木辰二郎先生がこの教会でご修行中にはです。
もうそれこそまぁ、妙な奉仕着を付けて袴の腿立ち何時もこう取って、もう手も足ももうその海老ちゅうごつなって、そしてあの広い外掃なされ、お縁の雑巾掛けをなさって、もうそれがもう生き生きとして、御用なさっておられるのを信者た達が見て、『この先生は違わんごと偉い先生ならしゃるばい。偉い先生ならしゃるばい』と言よったらあちらに御養子にしに行かれる様なおかげを頂かれたという、話を聞いた事を今日は何か改めて思い出させて頂いた。
今ここでんなら公子先生どんが修行させて貰いよります。ね。それこそ此れからは沢山の人が助かって、それこそ親先生親奥様と言われる、身分にもならなければならないですけれども、公子先生当たりがあちらで修行しよる自分な、もうあの妊娠のお腹の大きいお腹を抱えて、あの修行し御座る時のあのしるしいのが、目に縋っとると言われる位な所を、矢張り通らなければね信心辛抱の徳にはならないと私は思うのです。
私はその事を思わせて頂いたら、とこう白い真白いまでにその感じられる梅の花を頂いてね、此れ名らばウグイズが必ず来て止まるぞ、と思わせて頂いたんですけれども。お互い信心辛抱と言う事はね、もう限度があると言う事はありません。そこを辛抱しぬかせて頂いてこそ成る程、信心辛抱の徳が受けられるのだと言う事で御座います。今日麻生さんが昼の奉仕の時に参って来ました。先生今日はもう残念ですち。
それこそ寒修行中には一日たるとも欠かす事はならんと、思うてお参りをさせて頂こうという熱願に燃えておりましたにも関わらず、今日目覚ましのおかげを頂いたのがもう五時で御座いました。もう残念で残念で堪りません。それでまぁ色々考えさせて頂いてまぁ、今日は一つ本気で家業に取り組ませて頂こう。本気で家業を修行と思うて、一生懸命させて頂こうと思うて、今日は参拝のおかげを頂きましたが、明日から又どうぞ朝の寒修行のおかげを頂かせて下さいというお届けがありました。
で私はその事をお取次ぎをさせて頂いてからこんなお話をさせて貰うた。もう椛目時代で御座いましたけれども。私が朝の御祈念に出ます前に、御神飯が必ずお供えなさらなければならない。当時は家内が御神飯の御用を頂いておりました。所がその日はどしたか寝忘れて、御神飯がお供えがしてなかった。御神飯のお供えしてないなりに私は御祈念の座に付かせて頂いた。
御祈念が済んで、お詫びに出て参りましてから、家内が申しますのに、御神飯をこうもってあの楽室からこう障子入って来る時に、もうガタガタガタ手が震うてね、障子がよう開けれなかったち。私はそれを聞いた時にね、もう人間じゃからね生身持っとるから、それもあろうけれども、お母さんこの気持ちを忘れるなと私は申しました。さぁ人間だからそれは寝忘れた。御神飯が遅うなった時です、はぁそれこそ命の様に大事にしておる事なのだけれども。
それが出来なかった時に、御神飯を片手に持って片一歩障子を開けようと思ったけども、手がガタガタ震えた開かなかったち。今日麻生さんあんたがね、もう残念で残念で堪らなかったと言うのもそれと同じ様な事だ。ね。此れがどうでしょうか。そうさほどにも一生懸命思っていないちならば、今日はもう神様ゆっくり休めち言い御座るとじゃと。言うてゆっくり休むだろう。そしてお詫びのだんじゃない。まぁ人間じゃけん此れ位なこつ当たり前になってしまうだろう。
麻生さん信心にはねこの生き生きとした純粋なね、こういう純情さいるんだよと、何時も。信心は日々がさらと仰るが、そういう心を私は育てて行く事が、信心だというて麻生さんに聞いて頂いた事で御座います。愈々寒修行もう僅かなりましたがですね。どうぞ一つそう言う様な気持ちでそれは辛抱し難い所もありましょう。もう一息と言う所もありましょう。けどもその一息もう一息と言う其処ん所を辛抱させて頂く事が。
信心辛抱だというので御座います。そしてそこに梅の花が咲いて、そしてウグイズが来て止まって、そして実が実ってそれが梅干しになって、梅の言わば徳というか、信心辛抱の徳というのが頂かれるのです。ね。その信心辛抱も頂き抜かずして、只ウグイズが来てほうほけきょの所ばかりを願う、縋る様な信心では本当な信心ではない、と言う事を今日は聞いて頂きました。
どうぞ。